ガンダムSEEDデスティニー最終回すぺしゃる 

激動の70年代・その1

ーラクス革命ー

前回の『レクイエム防衛戦の意義』を書きながら、ふと気になったことがある。
ギルバート・デュランダルの乱は、ラクス・クラインの活躍がなければそもそも起きなかったのではないか?

デスティニープランはつまるところ1:ごく少ない数の人間による人類の管理であり、2:その少数が残りの圧倒的多数を制圧できることが計画の大前提となっている。現在の民主主義社会ではともに成し難いこの二つの条件だが、じつは前作でラクスが成功したモデルがそのままこの二条件を満たしている。ギルバート・デュランダルはことあるごとに強烈にラクス・クラインを意識しており、摩り替えのみならず暗殺まで計画しているが、ここには師弟関係的な要素を含んだライバル意識も見られるのではないか?

ファーストガンダムを意識しながらも、SEEDの方向性は決定的に異なったものになっている。その要因は様々である。が、ラクス・クラインという要素を抜きにしては語れないのではないか?戦争の枠組みから逸脱しなかったガンダムシリーズに対し、ラクス・クラインとその一派は新たな方向性を提示して見せた。
政治的にはひとつの勢力をなし、主要登場人物の思考に作用し、その結果として事態の方向までもが変化している。
むろん副作用的な面も多々見られ、弊害としてはSEEDデスティニーという番組の品質にも深刻に影響している。
ここではラクス・クラインの影響をC.E.世界にのみ限定し、現象として考えてみる。

ラクス・クラインは何をもたらしたのか?
まずC.E.71の時代までさかのぼり、そもそもの原点ともいうべき『ラクス・ショック』について検証してみる。


<ラクスの成功 ―『ラクス・ショック』―>

このサイトのそもそもの設立動機が指導者ラクスの分析であった。SEED本編におけるラクスの行動の影響は多岐にわたり、その考察だけでもゆうに何本かの論文が書けてしまうほどであろう。
まず、要点をまとめる。

強力な政治的地盤を持たないただの少女が独力で政治勢力を形成し、ごく短時間に世界権力の奪取に成功した事実。
言い換えるなら、ラクスという一人の少女が世界にケンカを売るという暴挙をしでかし、しかも勝ってしまったのである。

もちろんアニメだからなのだが、ある種の革命といってよい。
このラクス・ショックとでも呼ぶべき現象こそ、デュランダルに決定的な影響を与えた背景なのではないか?
※なお、同時期にシーゲル・クラインという政治的指導者も登場するため、ここではラクス・クラインのもたらした現象をラクス・ショックと呼ぶことにする。


議長の心象に迫るため、彼の時代の人間の目に映ったはずのラクス・ショックの内容を具体的に見てみよう。
ラクス・ショックとはつまり、『政治的に弱者のはずの存在が少ない人数で短時間に他の政治勢力を圧倒したこと』である。

政治的に弱者である、とはこの場合、物語開始時に2強(連合、ザフト)と戦える政治力、軍事力を持たなかったことである。
もちろんラクスは令嬢であり資産家でもあるが、今はあくまで、その時点で世界権力を争ってる2強との相対比較になる。

まず、ラクス個人に物理的な戦闘力がない。あるのかもしれないが本編では戦闘員としては扱われていない。また、彼女の私兵にしても、開戦時点ではザフトが本腰を入れるまでもなく瞬間で鎮圧できる規模である。(じじつMSを持たなかったシーゲルはあっさり消されている)
政治的背景の方も、権力奪取の過程でラクスが“最高評議会議長の娘である”ことを利用した記憶がない。ラクスは『私はラクス・クラインです』とまず名乗っていなかったか?

これが、SEEDにラクスが初登場したときの、彼女の政治的戦力である。


さて、ラクスはアイドルとして絶大な人気を誇っている。ミーア・キャンベルのコンサートにも象徴されるように、ラクスの人気はそのまま政治的な方向性を持ちうる。とはいえ、有名人がその人気を政治的に利用して圧力をかけることは、私兵を持つこと同様に古典的な手段であった。これは20世紀でも確認されている。本稿のテーマはC.E.70年代にラクスが新たにもたらしたショックについてであるから、
アイドルであることを利用した政治活動については私兵と同様、戦力の先天的な条件として位置づける。


次に、準備期間。
ラクスの決起につながる活動が表面化し始めるのはフリーダム強奪の前後からである。アークエンジェルとの接触を“種蒔き”に含めてもヤキン戦までには1年かかっていない。ただし、基礎になるダコスタたちとのつながりやジャンク屋連合との結びつきを考えるなら、アイドル活動開始時に遡れるのではあるまいか。(人々の口にラクス・クラインの名が上ることまで計算のうちであったとすれば、その時期からと考えるのが妥当である。)
ただし、それを含めても3年程度である。つまり中学に入学したときに志を持った少女が卒業時に世界の女王になっているのである。

では、彼女は何をもって、何を勝ち得たのか?
ラクスが挙兵から参加した戦闘は3回である。つまり、プラント脱出戦、メンデル逃亡戦、ヤキン・ドゥーエ会戦なのだが、いずれも鮮烈な結果を残している。

プラント脱出戦ではザフト最大の戦力が集結するヤキン・ドゥーエ要塞の駐留軍の追撃を受け、ほぼ無傷で脱出。のみならず数十機のMSを撃破。
メンデル逃亡戦では連合による妨害もある中、ザフトきっての精鋭軍・クルーゼ艦隊3隻とエターナル単艦で衝突。あのヴェサリウスを屠っている。
ヤキン・ドゥーエ会戦ではプラントに迫る核の大半を阻止、ジェネシスの阻止、連合・ザフトそれぞれの決戦兵器の殆どすべての撃破。

ラクス軍が撃破した戦力が他でどれだけの戦果を挙げたかを考えれば、これだけですでに赫々たる、どころではない偉業である。が、権力奪取として見るならば、これはむしろ名声や威厳といったものに寄与し、『勝ち得たもの』ではない。

ラクスが勝ち得たのは、結果としての戦後の発言力のはずである。戦後の平和に最大級に(少なくとも目立つ形で)貢献したのは間違いなくラクスだという事実がひとつ。彼女の支持者がそろいもそろって有名人(大戦の英雄、スーパーコーディネーター、オーブ首長の忘れ形見)であるため、“ラクス派”の政治的な発言力そのものが最初から強いという要素がひとつ。そして、もしこの前提が無視されても敵対勢力を撃滅しうる戦闘力の保険があることが、ひとつ。(なんといってもアスキラを擁しているのである)

つまり、戦後の世界において、ラクスの言ったことには誰も逆らえない、という状況があってもおかしくないのだ。
ただし、ラクスはこの力を実際には行使していない。したがって世界権力の奪取、という表現は『権力の利用』の概念を含まず、文字通り『権力の奪取』のみである。
ともあれ、SEED最終回の時点で天下人に一番近かったのがラクスである、というのはほぼ間違いないのではないか?
※天下人という概念そのものが時代錯誤的であるが、この時期のラクスはその概念の復活すら可能であったと思われる。

私は、この結果がラクスの独力でなされたと考えている。むろん彼女には協力者は数多く存在する。が、ラクスは覇権奪取のときに政治的に上の(強い)立場の人間の手は一切借りていないのである。たとえば色香を武器にパトリック・ザラに取り入るとか、シーゲル・クラインの娘であることを利用するとか、彼女にはそれなりにオプションもあったはずである。が、ラクス軍の特徴のひとつは構成員の彼女個人に対する忠誠にある。


以上が、ラクス・ショックの概要である。
整理すると、ラクスの権力基盤はA:軍団の戦闘力B:構成員の政治的発言力、その利用結果としてのC:世界平和への多大な貢献度、となる。このすべてをラクスが自前で短期間に調達し、最大限に有効活用できたことはもちろん、ラクスの才能によるところが大きい。

彼女が準備した戦力は古今に類を見ないほどに強力でもある。だが、そのどこまでがその戦力本来の強さだったのだろうか?
言い換えるなら、C.E.70年代はラクスが勝ちやすい条件が整っていた時代なのではなかろうか?

今回はラクス側の面からアプローチしてみた。次項では環境的な条件の側面から検討してみる。
環境条件の変化にこそ、ギルバート戦役の遠因があると考えるためである。

その2につづく)

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