ミーア・キャンベルの最期(3)


06:焦燥

カリスマとしてなら、その二人の少女の持つ特質には、実はほとんど違いがない。

同じように他者の心に染み渡る声を持ち、同じように人をひきつける“なにか”を持ち合わせていた。
少女たちのうち、ひとりがまず自分の力を自覚した。活動家の家に生まれたこともあり、彼女はその力を『多数の人間を意のままに動かす』ことに特化させてゆく。
その少女、ラクス・クラインが15にして“英雄”になったとき、もうひとりの少女、ミーア・キャンベルはそれを見上げているだけの存在に過ぎなかった。
ミーアは自らの力を自覚することもなく、ギルバート・デュランダルの手によってその力が大きく利用されてもなお、心の影を拭うことができなかった。
人工的にたやすく改善することができても、容姿は思春期の少女にとって絶望的な問題だったのだ。

言い換えるなら、ラクスとミーアの差のひとつは間違いなく容姿の差であり、その分だけラクスのスタートラインが有利になったことは否めない。
しかし。

希代の天才が数年がかりで周到に築き上げてきた地位は、わずか数日で覆されようとしていた。
時代の風に押し上げられた少女は、いまや軽々とラクスを飛び越えようとしていたのである。

『どんな才能でも、時の流れに抗することは難しい。』
時の流れを最大限に利用してきたラクスだから、その脅威が誰よりもわかった。たとえ刹那のものであるにせよ、決してその脅威を侮ってはならないことも。

ラクス・クラインはいま、“恐怖”を感じていた。彼女にとって初めてのことであり、それが自分より遥かに劣っているはずの少女によって成されたことが彼女をひどく傷つけた。
やや遅れて、彼女は“なぜ恐怖を感じたのか?”ということを理解した。

ラクスは物心ついたとき、すでに“持てる者”だった。人々はラクスを称え、かしずき、思ったことは当たり前に実現できた。困難も努力と工夫で打ち勝つことができた。彼女は挫折を知らず、絶望ギリギリに追い込まれた経験もなかった。この意味では、ラクスにとっては人生はゲームと同じであり、さらに重要なことに、彼女はこのゲームでは常に勝者だった。コーディネーターであるから、“もともと勝つように作られた存在だった”という表現も、おそらくは正しい。
ギルバートの“叛乱”にしてもブルーコスモスの暴走にしてもゲーム内の要素の変化であり、ゲームの構造そのものを揺るがすには至っていない。

ミーア・キャンベルは、といえば、ラクスのような打算(神算というべきか)も、天性の素質も持ち合わせていなかった。この世界では泡沫のように消え行く“べき”存在。つまりは圧倒的な弱者である。彼女に残されたわずかな運ですら、ラクスを演じることで尽きようとしていた。

だが、ミーアはまず人間であり、生命である。生命が生存のために死力を尽くすこと、人間がその生に意味を求めること、それぞれ、当たり前のことだ。“本来なら”。
ラクスを頂点とするこの世界で、それは当たり前だったのだろうか?
ミーア一人が正常だとしても、周りがすべて狂っていれば、その世界で狂っているのはミーアということになる。世界は緩やかに狂いつつあったし、ミーアはその世界によって自律的に抹消されるはずの存在である。

だが、ミーアはあがいた。
その命を振り絞ったあがきは急速に一つの流れになり、この歪んだゲームに、いや時代そのものに風穴を開けつつあった。

風。
ラクスが感じた“恐怖”の本質である。同時に、かつてラクスが倒してきたものたちが彼女に感じた恐怖、そのものでもある。そのことも、ラクスは深いところで感じ取っていた。
何億分の一%以下のネジのゆるみが遠い未来にもたらす力を、実体を持った恐怖として知覚できること。いや、嗅覚と言うべきか。
その嗅覚こそがラクスという“人工の天使”の唯一なまぐさい部分であり、同時に、最も生物らしい部分であった。


“地上のラクス”は“天空のラクス”を最大の敵として認知した。



07:影

汗が気にならなくなったのは、いつからだろう?
・・・ちがう。いつから、私は汗を汚いものと思うようになったんだろう?
歌うこと、踊ること、どっちもただ好きだった。有名になりたいってなんとなく思って、よく練習していたっけ。

夢の中で、私は踊るの。
ゆらゆらとゆれる水の中で、イルカみたいに自由に。

いまも、踊ってる。ゆらゆら、ゆらゆら。
どこまでが夢で、どこまでが現実?
・・・・・夢でもいい。私は今ここにいて、この足で立っている。

疲れって感覚、気が付いたらなくなってた。
いま歌う。それだけでいっぱい。目くるめく忙しさの中で流れる時間。ノド、つぶれてないや。ハハ・・ちゃんとおなかから声が出てたんだ。
ここで歌って、踊る。なんだか運命だった気がする。

でも不思議だよね。みんなにウソついて、ラクスさまのフリして。
本当のラクスさまは地球にいるのに。こんなことするはずないのに。

こんな・・・こと?

たまに考える。私はラクスって名乗っていいのかなって。
ラクスさまなら、どうしたんだろう?
行かなくちゃ、って思うのは、私?
みんなのために、って私を突き動かすのは、ラクス?

・・・・・わからない。
わからないまま突っ走ってる。でも、今は多分それでいい。
この仕事ももう終わり。今日のコンサートがフィナーレ。全世界に中継されて、そのお金が寄付されるんだって。
声がみんなに届いて、みんな元気になってくれるといいな・・。そして、


そして・・・?

そのあと、どうなっちゃうんだろう。
今だけで精一杯だった。私の全部でここにきて、完全燃焼して。
その先は、どうなるんだろう?
・・・・私は、どうしたいんだろう?

いままでずっと、忙しさの中に封じていた思い。
思い出すと気を抜くと、私が壊れちゃうから。

私がここにいるのはラクスとして?歌姫として?それとも人間として?
・・・私は・・・・・・


・・・・・・・・?
どうして、ラクス様はここにいないんだろう?
ずっと、そう思ってた。私はラクスさまがいない間の代わり。ラクスさまのするべきことをするのが、私。
だから、地球で私はああなった。でも、いまってラクスさま、いるんだよね?

なのに、ここにいるのは私。
今ここで歌っているのは、私。
ラクスさまは何で出てこないんだろう?あんなに多くの人たちが、ラクスさまを心待ちにしているのに。
本当なら、ここにいるのはラクスさま。私の好きな、ラクスさまなら・・・・。

私とラクスさま。ラクスさまと私。・・・ちがう!わたしは誰?あの人はウソ?考えてくとぐるぐるする。
みんな、ごめんなさい。
いつもみんなが笑顔を向けてくれてる相手、ラクスさまじゃないんです。

私は、今の自分に胸が張れる。生きてるって、実感できる。私の歌で、ラクスさまの歌で、みんなに笑顔が灯るから。
なのに、どうしてこんなに悲しいんだろう?
ラクスさまのことを考えると切なくなる。心のどこかで風が吹いてくる。どうしようもなく切なくなる。“これ以上考えちゃいけない”って、ココロが止まる。

みんな、ごめんなさい。
ラクスさまの代わりに、ごめんなさい。



08:分岐

最終日のバタバタの中で議長から連絡が来たのは、ちょうど朝食の後。

『・・今まで良くやってくれたね。毎日、ワクワクしながら見させてもらったよ。・・・今日で最後と言うのは、ちょっと残念という気もするがな。』
このひと、最近なんだか変わった。以前は冷たくて怖かったのに、今は違う。こんなに明るく微笑む人だっけ?
・・・私の見方が変わったのかな?


『・・・それでだ。』
ちょっと、言葉が途切れた。

『今日は一日、好きにするといい。君が何をしても、私は一切何も言わないことにするよ。君のやりたいことをやっていい。
どういう形であれ、私は君を支援する。今まで同様、これからもずっと。
だから安心して、君が正しいと思ったことを選びたまえ。

・・・・ミーア・キャンベル。』

・・・え?

議長はひとつ、ぱちっとウィンクしてみせた。

『君には、私も勇気をもらったからな。』

短い通信が終わり、3分。
なんでだかわかんない、けど、はっきりわかった。今のこのひとは、心から言葉を言っている。



胸が高鳴る。頭がぐるぐるする。
私の目の前に、いま、二つの道がある。一つはラクスさま。もう一つが、私。
ずっと決めたくなかった別れ道。こわかったから、できれば一生忘れたままでいたかった道。
でも選ばなくちゃいけない。・・・いや、選んでいい。

私は、誰として生きていくの?

・・・ちがう。
“私”は、どうやって生きていきたいんだろう。


自由。私が手に入れようとしているもの。
アスランさんは、ずっとこれをほしかったのかな?
・・・・・・重いよね。
ラクスさまと私。ミーアと、ラクス。

どっちを行けば、私は私らしくなれるんだろう?


“俺は、勇気をもらったんです。”
ユウキ。どうしようもなく怖いとき、それでも行かなくちゃいけないとき、いかなくちゃって前に進む心。

いつの間にか握られていた手のひらを、そっと開く。
答えはもう出ているんだ。ずっと昔に。だから、私はもう知っている。


でも、怖いだけだ。


つづく