ガンダムコラム(SEED)。


将星たちの肖像。

<名将・グラスゴー提督>

第27話でシャトル強奪テロリスト追討の任を受け、第39話で攻めてきてキラに大敗したお茶目なひげのおっさんである。コンスコンのパロディにしか見えないやられっぷり。SEEDじゃなかったなら間違いなく死んでいた人である。

とはいえこの人、実はとんでもないクセモノ。たった3隻の艦隊の能力をフルに駆使してあのラクスを捕捉したのみならず、追い詰めるという快挙を成し遂げているのだ。


ラクス軍は精鋭のゲリラである。
入念に情報収集をした上で外交上の優位に立ち、世論を味方にした上で確実に勝てる状況に持ち込み、極少数で敵の中核を一気に叩く。これがラクス軍の伝統的な戦法であるから、潜伏は当然お手の物だ。実際、本編ではラクス軍の準備行動は一切察知されていないばかりか、ラクスが直接指揮しているラクス軍を捕捉できたのは辛うじてクルーゼのみである。現戦役でも、あれだけの戦力を展開しているにもかかわらず「あの」ギルバート・デュランダルにすらその実態はほとんど把握されていない。



前大戦ではザフトの諜報部を、そして現在はおそらく全世界の諜報機関を向こうにまわして、これだけの隠蔽力である。
今回つけられたダコスタにしても、あのひらひらドレスのラクスを戒厳令下の首都で無事に守りきった実績がある。007クラスと考えても過言ではない凄腕のはずなのだ。

劇中での動きを見る限り、ラクス軍を捕捉するのはラクスが自ら出向いてきたときにへばりつくしかない。
とはいえ、必勝を確信したときしか出てこないのがラクス軍なのである。つまりラクス軍を捕捉するのはミラージュコロイド搭載機に直撃させるよりある意味難しいといえる。

ところが、このグラスゴー、たったの3隻という小艦隊でありながら、絶妙の布石でラクスを捕捉、さらに一度はラクスをして抗戦を断念せしめているのだ。(注)


注)
ラクス自身の指揮能力は侮りがたい。今回のような戦力差はラクス指揮のエターナルとしては「問題にならない」戦力差に入るはずなのだ。(ヤキンドゥーエ駐留軍の総がかりで一度は危機に瀕しているが、そのときの戦力差は今回よりもさらに大きい)




これだけではない。この男、準備面でも慧眼を見せている。
張り込む場所にメンデルを選んで辛抱強く待っていたのもさることながら、ポイントは艦載MSの数。
この艦隊、艦艇はナスカ級3隻。ごくごく小規模の艦隊である。前作を見る限りでは搭載MS数は3隻で20機前後、せいぜい30が限界のはずである。ところが、今回じつに35機の撃墜が確認されている。偵察隊も含めれば40機前後を搭載していた事になる。つまり、搭載限界近くかそれ以上のMSを積んでいたと考えられるのだ。かなり極端な編成である。

グラスゴー隊自身は敵がラクスだとは知らず、副官が驚いている描写がある。が、グラスゴーはまったく動じていない。この自信の根拠は戦力の絶対的な優位にあるのではないか。実際にガイアにしてもストライクにしても数機のMSでおさえこまれている。Sフリーダム展開時点で残機数は25機。ドム3機がいても優勢を保てたと思われる。また、“ザフト切っての名将”(エリカ・シモンズ談)バルトフェルドの「今の戦力じゃ勝てない」という旨の発言もある。事実、グラスゴーの用意した戦力は「フリーダムさえ出てこなければ」ラクス軍の全戦力をもってしても支えきれない量であった。

そのフリーダムは国際条約違反機。公には最後の機体もシンによって落とされたことになっている。
グラスゴーは敵の正体を聞かされていないはずなので、「現状で考えうる敵」に対しては過剰ともいえる用心深さで臨んでいることになる。
彼の用意した戦力は量だけではない。赤服、それも若者ではなくベテランという念の入りようである。そのベテランには“最新鋭機”グフを配備。このパイロットたち、初対決のフリーダムを相手に難しい角度でヒートロッドを当てている。期待によく応え使いこなしている精鋭なのだ。また、フリーダムが出撃してきてもザク隊は動じることなくエターナルを狙っており、グフがまず迎撃に出てきている。役割分担のしっかりしているいいチームである。

これだけの戦力を準備して臨む男、グラスゴー。“たかがテロリスト”を決して侮っておらず、準備に万全を期しているのだ。また、この男の入念さは『戦略は戦力にしかず』という原則をしっかり理解している証左でもある。




加えて、布石の妙がある。

宇宙は無重力の空間だから、包囲は円状ではなく球状になる。たった3隻ではMS数が多くてもカバーできる範囲にはおのずと限度がある。敵の位置を捕捉できたとしても、包囲部隊の全軍が戦闘に参加できる保証はないのだ。とくに今回、小惑星の包囲とはいえ1隻あたりの守備範囲はとてつもなく広い。
ところが、劇中ではエターナルはどんぴしゃで包囲のど真ん中。グラスゴーはMS隊の全軍で押し包んでいる。

このこと自体、実はとんでもないことなのではあるまいか?


グラスゴー隊は搭載限界以上にMSを積んでいるものの、艦艇の絶対数は3隻と少ない。MSの超過搭載分のしわよせが補給に行っているはずである。劇中でグラスゴーがこの任務を開始したのは27話。12話分なので劇中でもそれなりに時間が経過しているはず、この間の探索を戦艦だけでブロック式に行っていたとしても、相当量の物資が必要になっているはずだ。逆に言えば、長距離航行を前提とした艦隊にめいっぱいの艦載機という組み合わせそのものに無理がある。つまり、グラスゴーのMS戦隊は全力で戦闘できる時間が恐ろしく短いはずなのだ。下手すれば一発勝負である。

このため、「テロの主力の位置を探るまでは極力戦力の展開をおさえ、圧倒的な戦闘力で一撃で一網打尽にする」というグラスゴーの戦術は彼の持っている戦力の特徴をよく理解した戦術であると考えられる。(そもそも彼になぜもっとまともな戦力が与えられなかったのかという疑問が出る。おそらくは後述の議長の思惑とザフトの慢性的な兵站問題なのではあるまいか)

つまり、
グラスゴーは広い軌道上で「全力を集中させるべき一点」を正確に見切るというすさまじい離れ業をしてのけたのではないか?ということである。


もちろん、予測と対応方法の工夫で原理的には可能である。“テロリスト”の規模、性質と所在を理解すればおのずと行動の予測も可能になるし、その宙域をいくつかのゾーンに分けてしらみつぶしに探って回るなどするとか、軌道を計算して“くさい場所”と照合して候補地を絞り込むとかはできるのだ。とはいえ、この解析作業には膨大な手間と根気が必要になる。グラスゴー隊に与えられた準備期間を考えれば可能だとは思うが、やはりグラスゴーが張ったヤマも的確だったのではないか?

実際、配置に関してもグラスゴーの非凡さが見て取れる。メンデル方面に配置した偵察部隊、勢子の(追い込む)役割をする旗艦、そして退路を断つ僚艦2隻。結果、エターナルはものの見事にグラスゴーの張った網の中に追い込まれている。
また、この2隻が押さえていた場所は同時に、地球方面への要路を扼す役割もかねていたと思われる。

当たり前のことを当たり前にこなす。
一見地味だが、麒麟児ラクスを相手にしてもコトが当たり前のように粛々と運ぶのはやはり、職人芸というべきではあるまいか。



では、艦長としての資質はどうなのか?
39話でのエターナルとの追撃戦の描写に、ひとつの手がかりがある。
エターナルの触れ込みは“高速戦艦”。前作でもナスカ級よりは速力で勝る描写がある。戦後2年でナスカ級がグレードアップしているとしても、地上でのアークエンジェルの活躍を見る限りではラクス側も同等のパワーアップをしていると考えたほうが無難である。実際に劇中のモニター画面でも引き離されており、『エターナルはナスカ級より速い』はずなのである。ところがグラスゴー、速力に劣るナスカ級でエターナルとの距離を砲撃可能なところまで詰めている。

また、対Sフリーダム戦でもあのキラをしてドラグーンを使わしめている。マルチロックオンで片がつくはずのところを“一撃で片をつける”秘蔵兵器を抜かせるまでに追い込んでいるのだ。逆に言えばこの相手は一撃で片をつけないとやばい、とキラに思わせたということである。画面上の描写ではまったくわからないものの、対空砲火がそれだけ的確だったのであろう。つまり、『グラスゴーのナスカ級3隻>>>精鋭部隊のMS25機』の判断をさせたわけである。機動力に劣る艦艇、それも旧式艦たった3隻でこれだけのことをやってのける。たいしたものである。

また、前述のように最後のぎりぎりまで何が起きてもまったく動じていない



艦長として有能、指揮官として有能、何事にも動じず、命令は的確。
このグラスゴーこそ、ザフト軍人の鑑ともいうべき名将なのではあるまいか。まさにコーディネイターの面目躍如である。
ファーストガンダムのコンスコンも一部では名将の評価がある。そういうマニアのつぼまでおさえる福田監督、どこまで意図していたかは知らないがさすがである。


若き覇王・ラクスに対し、正体を知らないデメリットを克服し、彼女の本分である軍略のガチンコで見事に追い詰めたザフトの名将グラスゴー。ラクスに頭で正面から勝ったただ一人の男だからこそ、最後の「そんな、バカな・・・・。」とへなへなと腰を抜かすシーンにオリジナルを超えた深い感動があるのである。

革命とは常に、旧時代を代表する俊英たちとの死闘を乗り越えて成されるものなのだ。


追記
「25機のザクとグフが全滅だと!?」のセリフの後でのグラスゴーの所作は興味深い。深刻な面持ちで目線を落とし、しばし思考にふけっているのだ。むろん、あっけにとられているわけでも絶望しているわけでもない。
『こんなことができるのはフリーダム・・!?いや・・・そんなはずは・・』とでも考えていたのだろうか?事態の背景にまで思いが行き着いていたのかもしれない。
いずれにせよこの男、今後が楽しみである。ラクス軍に回収されれば同調もありえそうだし・・。
もう二度とでてこなさそうだけど。





<ギルバート・デュランダル>
さて、グラスゴー隊の敗北はもうひとつの側面、ギルバート・デュランダルという男の限界をも示唆している。

言い換えるなら、なぜグラスゴーほどの男がこの任務に任されたのか?そして確実を期すべきはずなのになぜ敵がラクスだということを知らされなかったのか?ということである。

たとえば、ヘブンズベース攻略戦では彼のような緻密な人間が指揮を執っていれば犠牲はぐっと減ったであろうし、うまくすればジブリールの捕捉も可能だったのではないか。対エターナル戦にしても敵の正体を知っていればこの男はここまで無様には負けているはずがなく、せめて足止めくらいはできているはずなのである。

このことから、グラスゴーとはあくまでザフトの軍人であって議長の私兵ではないと私は考える。つまり、ジブリールを泳がせてオーブに戦争を仕掛ける、とかラクス派を排除する、といった議長の政治的な目的を知った場合、正面切ってNOという可能性がある男なのだ。

一方で、赤服にしても新兵器にしても惜しみなく与えられている。議長なりの適材適所なのであろう。現在手元に資料がないので微妙なのだが、第9話のプラントの危機にニュートロンスタンピーダを使ったのは彼の隊ではあるまいか?
してみると、グラスゴー提督はテロを憎むごくごく常識的な軍人なのだと思われる。

では、なぜグラスゴー隊はラクスを討てなかったのか?今回、議長にはラクスを見逃す理由がない。むしろ確実に仕留めたいところである。


ここに、ギルバート・デュランダルという男の思考の限界がある。
この男には「敵が予想外の行動をしてくる」という柔軟性が丸々欠落しているように思えてならないのである。
たとえばラクスのフリーダムとアークエンジェルの復元にしても、彼らの潜伏先とカガリとの関係を考えれば、十分に予測はできたはずである。この男の普段の緻密さから考えれば、満足のいく対応も当然可能だったはずなのだ。ところがこの男、まるで備えをしていないで無駄に将兵を殺してしまっている。なんと初歩的なミスではないか。

また、ロゴス追討の演説にしても、新しい製品を売るためには既存の市場を壊すしかない、畑を焼くしかないとの本質を見落とした短絡的な思考が見て取れる。対ラクス軍にしても、フリーダム撃墜の時点で安心してしまっており、新鋭機投入の可能性をまったく警戒していない。


おそらく、議長の世界では敵が新型を生産してくるという事態そのものが想定外なのではあるまいか?
だからこそ、デストロイやザムザザーの量産にあれだけ驚いたのかもしれない。


まとめにかえて
複雑に変動する情勢下では先入観こそは足枷にしかならない忌むべきものであり、硬直した思考のリーダーの下ではどんなに有能な人材もその活躍を限定される

 

(2005.7.17)

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